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高松高等裁判所 昭和53年(う)169号 判決

本籍

徳島県板野郡北島町中村字本須三九番地

住居

右に同じ

会社役員

竹内操

大正三年一月五日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、徳島地方裁判所が昭和五三年五月八日言渡した判決に対し、検察官及び被告人から各適法な控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官生駒啓出席のうえ審理し、次のとおり判決する

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一〇月及び罰金一、〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

原審及び当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、記録に綴ってある徳島地方検察庁検察官検事若林安則作成名義の控訴趣意書及び弁護人小川秀一作成名義の控訴理由書と題する書面、同控訴趣旨補充書と題する書面に記載のとおりであり、各答弁は弁護人小川秀一作成名義の検察官の控訴の趣意に対する意見書と題する書面及び高松高等検察庁検察官検事中村信二作成名義の弁護人の控訴趣意補充書に対する意見、弁護人の控訴趣旨補充書に対する検察官意見と題する書面に記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。

第一弁護人の事実誤認の論旨について

一  所論は、原判決挙示の被告人の検察官に対する供述調書四通、被告人の大蔵事務官に対する質問てん末書一五通、大蔵事務官作成の査察官調査書は内容杜撰で信用性に欠けるものである、というのである。しかしながら、大蔵事務官作成の査察官調査書につき原審において若干の訂正はあったものの細部にわたるものであり、本件全証拠によるも所論の各書面の信用性を害すべき事由を見出しがたい。なお、被告人の大蔵事務官に対する昭和四九年三月一九日付及び同年六月二六日付(一〇枚綴り)質問てん末書の各終りから二枚目の末行が空白で斜線が引かれ、その上に作成者の押印があり、欄外に「本行まっ消」の記載のあることは所論のとおりであるが、終りから二枚目の記載がその末行で完結し、末葉が供述者の署名と作成者の奥書のみとなるときは、その末葉を他の同種の書類に付加してこれと一体とするがごとき恐れないしさように疑われることを避けるのが望ましいとする実務慣行のあることが知られているから、そのような場合終りから二枚目の末行を空白にし、その続きとしての記載が末葉に及ぶように配慮する方法をとっても不当とはいえないのであって、所論指摘のような取扱いを異とするに足りない。また、右昭和四九年三月一九日付質問てん末書はその作成の時間的余裕がなかったとの所論は、被告人が同日大蔵事務官による捜索に立会ったことを理由とするものであるが、被告人が立会った北島不動産事務所における捜索の「差押の時」は、同日午後二時三〇分ではなく、一時三〇分であるから、同てん末書の枚数等に照らし時間的余裕は十分あったものと目され、その記載内容等に徴しても所論のような違法があったと認めることはできない。なお、右昭和四九年六月二六日付質問てん末書は同年九月ころに聴取作成されたのに、内部の事務処理上前記日付が記入されたことが当審証人長田金夫の証言により窺われるが、かような証拠もただそれだけの理由で証拠能力ないし証拠価値なしとすることはできず、ことに、本件にあっては右質問てん末書と同内容の被告人の検察官に対する供述調書も存在するのである。

二  昭和四七年分の所得計算について

1  坪平照男に対する安任第二団地の売上のうち八七万四、五四五円を同年分から除外すべしとの点について

原判決挙示の押収にかかる物件綴(当庁昭和五三年押第八二号の61)、同箱入計算書(同押号の67)等関係証拠によれば、同人に対する右売買契約は、昭和四七年四月一六日代金一五二万四、五四五円で締結され、同日手付金一五万円を受領し、同年一二月一三日同人に対する所有権移転登記を了し、同月二六日中間金五〇万円を受領し、昭和四八年一月一六日に至って残金八七万四、五四五円を受領したことが認められるところ(持分額三分の二)、所得税法三六条は「その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額とする」旨定めており、右に収入すべき金額とは、収入すべき権利の確定した金額をいい、いわゆる権利確定主義により、収入の計上時期は現実に収受した時(現実収入主義)でなく、収入すべき権利の確定した時を基準とすべきものと解されるから、右取引の経過によると右売買代金を昭和四七年の収入として計上することは妥当なものと認めることができる。所論は採るをえない。

2  昭和四六年分の所得の修正申告により新たに賦課されることになる事業税額を昭和四七年分の所得から控除すべしとの点について

関係証拠によれば、被告人が昭和四六年分の所得の修正申告をしたのは昭和四九年九月二五日と認められ、昭和四七年中に右事業税を納付すべきことが具体的に確定していたものではないから、これを同年分の必要経費として計上すべきでないことは、当審において取調べた国税庁の所得税の基本通達及び当審証人長田金夫の証言のとおりである。そして、その結果法人の場合と取扱いを異にしてもやむを得ないことは、原判決が弁護人の主張に対する判断において判示するとおりである。所論は採用できない。

3  手付金流れの損失を昭和四七年分に計上すべしとの点について

手付流れ金は必要経費又は雑損失に当らないものと解するのが相当であるが、仮にこれを雑損失に当ると解しても、関係証拠によれば、本件手付金を支払ったのは昭和四七年中なるも、いわゆる手付流れが確定したのは昭和四八年と認められるから、解約手付をその受領時点において収入に計上すべきでないのと同様に、これを同時点における損失とみるべきでなく、右は昭和四八年の損失として計上すべきものである。所論は採用できない。

4  柴田健児に対する小松松原団地の売上(三〇九万四、六〇〇円)は、昭和四六年中のもので同年中に登記も経たが、昭和四七年三月に至り安任入口団地(四二〇万円)と交換したものであるのに、その差額でなく、後者の売上金全部を昭和四七年分の収入として計上したのは不当である、との点について

関係証拠によれば、柴田健児に売却した小松松原団地は通行権に問題があったため、安任入口団地を目的として所論の売買契約をしたことが認められるが、前掲物件帳(前同押号の61)でも新規売買とし、手付、残代金等の計算がなされているから、これを昭和四七年の売上として計上するのは相当である。ちなみに、小松松原団地の右売上はいずれの年においても収益として計上されていないことがたな卸し関係証拠により明らかである。所論は採用できない。

5  昭和四七年一一月二八日河野虎雄に支払った五六万円は抵当権設定費用であるから、そのうちの被告人負担分二八万円を控除すべしとの点について、

関係証拠によれば、右は保存登記費用と解して乙瀬団地のたな卸土地として計上していたが、当審において取調べた河野虎雄作成の領収証により所論のとおりと認められる。

三  昭和四八年分の所得計算について

1  いわゆる転売収入は喜多筆子に帰属すべきものであって、被告人に帰属すべきものではないとの点について

関係証拠によれば、被告人は自らなした昭和四八年分の確定申告において右転売収入を生じたとされる売買の相手方四名に対する取引を、金額をいわゆる圧縮したうえではあるが計上していること、大蔵事務官に対する質問てん末書においても、また、検察官に対する供述調書においても被告人はこれを認めていること、これら取引に関する帳簿(前同押号の6、9)にも、右四名のうちの三名である稲木幸子、新見敏、清水好光に対する売主を被告人であると明記していること、被告人は右四名との取引による入金を他の取引と同様その都度架空名義で貯金し、または別の取引の裏資金や他の用に使用していることなどの事実が認められる。なお、当審証人喜多筆子の証言及び被告人の当審供述は所論に副うが、喜多筆子は自己の利益にほとんど関心がなく清算もなされていないことからしてその証言は信用できず、被告人の当審供述も十分信を措きうるものではないので、前叙のところから右転売収入は被告人に属するものと認めることができる。そして、これら取引の売上価額については、関係証拠により当審において検察官が提出した「昭和四八年分転売収入についての検察官の証拠説明」のとおりと認めることができる。しかしながら、前記稲木幸子、新見敏、清水好光に売却した土地の合計面積は一六三・八六坪であり、前掲箱入計算書(前同押号の67)中の関係部分でもその面積は一六二・一三坪と記載されているから、その取得原価は、面積を後者により坪単価を二万六、〇〇〇円として算出される四二一万五、三八〇円であると認められる。原判決はこれを三六九万二、〇〇〇円と認定し、これに副う被告人の検察官に対する昭和五〇年三月九日付供述調書には吉成寛一郎に対し一四二坪を坪単価二万六、〇〇〇円で売却していたものを被告人が肩代りしたもので実測面積により算出した三六九万二、〇〇〇円が取得原価であるとの説明があり、右にいう実測面積を一四二坪としていることは計算上明らかである。そして前掲物件帳(前同押号の61)にも一四二坪、単価二万六、〇〇〇円と鉛筆書されているが右は希望面積欄にあり、実測面積欄は空白となっているから、実測面積を一四二坪とみるべき根拠に乏しい。したがって、この関係において原価に右の差額五二万三、三八〇円の増加があり、これがそのまま転売収入の減少となるべきものである。

2  簿外雑費として八〇〇万円を認めるべしとの点について

査察官調査書によると、簿外雑費として昭和四六年分五四七万二、〇〇〇円、昭和四七年分八四七万二、〇〇〇円が認められていたのに、昭和四八年分は単に四七万二、〇〇〇円にとどまっていることは所論のとおりであって一見不均衡に見えるけれども、昭和四八年は青色申告によることが承認され(これにより申告のなされたことに疑を容れる余地はない)、帳簿が整理されたものとみるべきこと、被告人の大蔵事務官に対する質問てん末書及び検察官に対する供述調書においても被告人は昭和四八年の簿外雑費の上乗せを主張していないことが認められるので、昭和四八年の簿外雑費が四七万二、〇〇〇円にとどまったことをもって違法とすることはできない。所論は採るをえない。

なお、所論は転売収入の計上や簿外雑費の大幅削減が大松バイパスの土地の買入代金を従来昭和四七年中に支払ずみとして扱っていたのに、のちになってその大部分(被告人分として一、六八四万九、九九二円)が未払いであることが判明したことのつじつま合わせであると主張し、担当査察官である長田金夫の証言中にもこれを認めるかのごとき部分があるけれども、右が未払であることは被告人の大蔵事務官に対する昭和四九年六月一九日付質問てん末書及び共同経営者たる横山正の大蔵事務官に対する同年同月二五日付質問てん末書に現われているところであって、所論のごとく同年九月に至って判明したとみることにすでに問題があり、これを根拠にする所論も採用できない。

3  昭和四七年分の修正申告により新たに賦課されることになった事業税額を昭和四八年分の所得から控除すべしとの点について

昭和四七年の所得計算について述べた理由により、その採用しえないことは明らかである。

四  以上により明らかなごとく(ほかに原判決の事実認定に疑を容れるべき点は認められない)、昭和四七年分所得において二八万円の減額をみ(第一の二の5参照、したがって、実際所得金額は八、一四七万三、四八九円となり、これに対する所得税額が四、八二四万一、二〇〇円、免れた所得税は四、四一一万三、七〇〇円となる)、昭和四八年分の所得において五二万三、三八〇円の減少をみる(第一の三の1参照、したがって実際所得金額は三、五四三万二、〇七四円となり、これに対する所得税額は一、七四六万七、六〇〇円、免れた所得税は一、三四三万四、一〇〇円となる)ことになったが、右は原審が認定した対応金額と対比してその差は少額であるといえるし、本件各犯罪の額、犯情等にかんがみると、左の事実の変動は量刑上にも影響がないと認めるのが相当であるから、右の事実誤認はいまだ判決に影響を及ぼすことが明らかでないものとして原判決を破棄すべき事由に当らない。

第二検察官の法令の解釈適用の誤りの論旨について

所論は原判決には刑法一八条の制限を超える労役場留置期間を言渡した違法がある、というのである。

そこで記録を調査すると、原判決は、被告人が昭和四六年、同四七年、同四八年の各所得税を逋脱した事実を併合罪として認定し、懲役刑のほか罰金刑について刑法四八条二項を適用して被告人に対し罰金五〇〇万円に処する旨一個の罰金刑をもって処断し、同法一八条を適用して金五、〇〇〇円を一日に換算した割合で換刑処分としての労役場留置の言渡をしているが、右換算によれば、被告人が罰金を完納しない場合における労役場留置の期間は一、〇〇〇日となることが明らかである。

ところで、刑法一八条三項は「罰金を併料したる場合における留置の期間は三年を超ゆることを得ず」として、罰金を併科した場合には留置期間が三年に至ることができる旨規定しているが、同条項にいわゆる罰金刑の併科というのは、本件のごとく同法四八条二項の適用により一個の罰金刑を科する場合のことでなく、併合罪でありながら同法四八条二項の適用がないため数個の罰金を科する場合及び確定裁判の介在により併合罪関係がないため数個の罰金を科する場合を指称するものと解すべきであるから、本件は同法一八条三項ではなく、同条一項が適用される場合であって、その留置期間の最高限度は二年である。

したがって、単に刑法一八条とのみ判示し、換刑処分として一、〇〇〇日の留置期間を言渡した原判決は、刑法一八条三項または同条一項の解釈適用を誤った違法があり、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、全部破棄を免れない。論旨は理由がある。

第三  よって、その余の控訴趣意(検察官主張の量刑不当)について判断するまでもなく、刑訴法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い当裁判所において直ちに判決する。

原判決が認定した事実(ただし昭和四七年分と昭和四八年分については前記第一の四のとおり訂正する)は、いずれも所得税法二三八条一項、一二〇条一項三号に該当するので、いずれも所定刑中懲役刑と罰金刑を併科することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い原判示第二の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により各罪所定の罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内において、本件犯行の動機態様、規模及び金員の使途、加算税の支払状況等を勘案し、被告人を懲役一〇月及び罰金一、〇〇〇万円に処し、罰金刑の換刑処分につき同法一八条一項、懲役刑の執行猶予につき同法二五条一項、訴訟費用の負担につき刑訴法一八一条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 川上美明 裁判官 佐々木條吉 裁判長裁判官桑田進平は差支えにつき署名押印できない。裁判官 川上美明)

○昭和五三年(う)第一六九号

控訴趣意書

所得税法違反 竹内操

右の者に対する頭書被告事件につき、昭和五三年五月八日徳島地方裁判所が言渡した判決に対し、検察官から申立てた控訴の理由は、左記のとおりである。

昭和五三年七月一七日

徳島地方検察庁

検察官検事 若林安則

高松高等裁判所第三部 殿

原判決は、公訴事実中、計算を誤っていた逋脱額等について減額認定したほかは、公訴事実と同一の事実を認定し、被告人に対して、「被告人を懲役一〇月及び罰金五〇〇万円に処する。右罰金を完納することができないときは、金五、〇〇〇円を一日に換算した期間労役場に留置する。この裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。訴訟費用は被告人の負担とする。」との判決を言渡した(判決書、記録二二三六丁表・裏)。

しかしながら、原判決には、法令の解釈、適用を誤った違法があって、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるのみならず、言い渡された右刑のうち罰金刑の量定は、本件の犯情にかんがみ、著しく軽きに失し、不当であるからとうてい破棄を免れないものと思料する。

以下その理由を述べる。

第一 法令の解釈、適用の誤り

一 原判決は、被告人が昭和四六年、同四七年、同四八年の各所得税を逋脱した事実を併合罪として認定し、懲役刑のほか罰金刑について、刑法四八条二項を適用して、被告人に対し、罰金五〇〇万円に処する旨一個の罰金刑をもって処断し、さらに、刑法一八条(第何項を適用しているのか、判示していない)を適用して、金五、〇〇〇円を一日に換算した割合で、換刑処分としての労役場留置の言い渡しをしているが、(判決書、記録二二三六丁表・裏)右換算によれば、被告人が罰金刑を完納しない場合における労役場留置の期間は一、〇〇〇日となることが、明らかである。

しかしながら、同法一八条一項によって、労役場に留置しうる期間の最高限度は、二年を超えることができないのであって、このことは、最高裁判所等の判例によって確立しているところである(最高裁判所第三小法廷判決、昭和二六年五月一五日、集第五巻、第六号一一一二項以下、東京高等裁判所第五刑事部判決、昭和三三年三月二五日、高刑裁法五巻三号一〇〇頁)。

なお、同法一八条三項は、「罰金を併科したる場合における留置の期間は三年を超えることを得ず」として、罰金を併科した場合にのみ、留置期間を三年に至ることを得る旨規定しているが、同項にいわゆる罰金を併科したる場合とは、数個の罰金を同時に科した場合を言うのであって、懲役と罰金を併科する場合はもちろん、同法四八条二項の規定を適用して二個以上の罰金につき、その合算額以下において、一個の罰金刑をもって処断する場合を言うものでないことは、判例上明白である(前掲の判決のほか名古屋高等裁判所第四部判決、昭和四〇年一一月三〇日下刑集巻一一号二〇三四頁)。

二 したがって、本件のごとく、併合罪の事実を認定し、罰金刑について刑法四八条二項を適用し、一個の罰金刑をもって処断すべき場合には、その罰金の換刑処分としての留置期間は二年を超えることを得ないのである。

しかるに、原判決がこれを超えて、被告人に対し、換刑処分として一、〇〇〇日の留置期間を言い渡したことは、刑法一八条一項の解釈、適用を誤っており、その誤りが判決に影響を及ぼすことも明らかである。

第二 量刑不当について

一 本件は、逋脱税額が高額であるばかりか、逋脱率も高い。

原判決認定のとおり、被告人は、昭和四六年ないし同四八年迄の三ケ年間における真実の所得額の合計が一億五、〇八二万六、三四七円であるのに、所得額として二、五六八万一、四二六円を申告しているに過ぎず、その申告率は一一パーセントと著しく低率であり、他方、右所得に対する真実の所得税額の合計が八、二五五万五、二〇〇円であるのに、申告納税額は僅か八三一万一、三〇〇円であって、その脱税額は七、四二四万三、九〇〇円にも達していて、その逋脱率も八九パーセントと極めて高いばかりか、その脱税規模においても、別表二記載のとおり、昭和四七年以降現在に至る迄の間、高松高等裁判所管内で言い渡された所得税法違反事件中、番号5の辻重利の事犯に次ぐ、第二位を占める大規模の脱税事犯であって、その犯情は極めて重い。

二 本件は、犯行の態様、動機において、何ら酌量すべき余地がなく、情状は悪質である。

被告人の脱税方法は、造成宅地を顧客に販売するにあたり、あらかじめ共同事業者らと謀議したうえ、実際取引価格とそれを圧縮した価格の二重の契約書、領収書を作成し、顧客から代金を受領すると、直ちに正規の契約書等を回収するとともに、正規の契約書等によって、共同事業者間で利益等の分配をすませた後には、これらの書類をも破棄して証拠隠滅を図っていたうえ、右の方法により売り上げを除外した利益は銀行等に仮名預金として簿外で留保していたものであり、その犯行動機も造成予定土地買い入れ等の事業資金や、銀行借り入れの返済金を捻出するために行っていたものであって(被告人の昭和四九年三月一九日付の大蔵事務官に対する同てん末書、被告人の同五〇年三月六日付の検察官に対する供述調書、記録一七六七丁表ないし一七七八丁表、一七八四丁表ないし一七八七丁表、二〇一八丁表ないし二〇二六丁表、二〇四五丁ないし二〇四六丁裏)、その所為は、極めて計画的であり、かつ著しい納税義務観念の欠如と、飽くなき私益追求の野心に基づくものと言うべく到底酌量すべき余地はない。

三 被告人に対する量刑は、最近における同種逋脱犯のそれと比較しても、罰金刑の量定において、著しく軽きに失し不当である。

昭和五〇年度ないし同五二年度における全国の直接国税違反事件の第一審における判決例は、別表一のとおりであり、また、同四八年以降、本年三月迄の間における高松高等裁判所管内における所得税法違反の第一審判決例は、別表二のとおりであるが、これによれば、所得税法違反事件における逋脱税額に対する罰金額の割合は、全国平均で約二一・七パーセントであり、高松高等裁判所管内においては、約二〇・八パーセントであるのに比して、本件に対する原判決の割合は約七パーセントに過ぎず、著しく均衡を失しているばかりか、逋脱額がほぼ同額の事案と比較してみても、本件は罰金額が著しく低額である(この点は、判決謄本により、控訴審において立証する予定)。

もとより、個々の事件の犯情は、別表及び判決謄本のみによっては、十分うかがうべくもないが、逋脱事犯の態様は、一般刑事事件と異なり、類型的であること、本件が犯情悪質であることを考え合わせれば、原判決の量刑は著しく低いとのそしりを免れないものと思料する。

四 本件の如き悪質事犯に対しては、脱税事犯防あつの見地からも厳罰に処すべきである。

およそ、この種事犯は、個人法益の侵害と異なり、直接の被害者が国であり、裁判所に直接被害感情を訴えるものを欠くところから、ともすればその悪質性が看過され易い。

しかしながら、納税の義務は、日本国憲法三〇条に定められた国民としての最も基本的な義務の一つであって、本件のごとき脱税犯は、国民として遵守すべき基本的な納税倫理と言う道義的・社会的規範に違背し、かつ、税負担の公平を侵害する極めて重大な反公共的犯罪であるばかりか、他面において、国家の財政収入のうち、租税収入が極めて高い割合を占めている現実にかんがみるとき、脱税事犯は、国家財政の運営を阻害し、国の諸施策の遂行に支障を与える重大犯罪と言わなければならない。

しかも、国民の大多数は、被告人よりも、はるかに低所得であるにかかわらず、営々として働いて得た所得の中から誠実に納税義務を果たしているのであるから、被告人のごとき悪質な脱税者に対しては、厳正な刑罰をもって臨まぬ限り、国民一般の納税意欲を減退させ、ひいては私益優先、公益軽視の社会風潮を助長させることともなって、国民の政治、行政に対する不信、不満の誘因となるおそれなしとしない。

特に脱税犯においては、事業資金に窮して己むを得ず犯行に及ぶと言う例は稀であって、脱税による不法な利益の獲得を目指し、日頃から計画的に脱税手段を反復実行し、逋脱して得た資金を回転流用して莫大な利益を得ているのが通例であり、本件もその例に洩れないのであるから、低額の罰金刑をもって臨むことは、被告人に対し、かえって法無視の心情を助長するばかりでなく、一般予防の見地からみても、逋脱事犯が多数潜在している実情に徴すると、一般納税者の間にも同様の弊風をび漫せしめることともなるので、とうてい承服し難い。

以上、述べたとおり、原判決には、法令の解釈、適用の誤りがあって、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるうえ、罰金刑の量定も著しく軽きに失し、不当であるからとうてい破棄を免れないものと信ずる。

よって、原判決を破棄のうえ、適正な判決を求めるため、控訴の申立に及んだ次第である。

別表一

判決の概要 (最近3年間の一審判決)(全国合計)

〈省略〉

別表二

四国管内分所得税法違反

〈省略〉

○昭和五三年(う)第一六九号

控訴理由書

被告人 竹内操

右の者に対する所得税法違反事件について、控訴の理由を次のとおり申述べます。

一 原判決が証拠の標目としてあげている

1 被告人の検察官に対する供述調書(四通)

2 被告人の大蔵事務官に対する質問てん末書(一五通)

3 大蔵事務官作成の査察官調査書

らの各証拠は正確なものでなく、極めて杜撰なものであるから、これらを証拠とすることはできないのではないかと信じます。その理由は、

(イ) 被告人が原審の第六回公判において、「先ほど申したように国税局の方で時間をかけて調べたので一銭も誤りがない、ということだったのですが、その後会社を設立した時に必要な書類を見せてもらうことができました。その内容を調べてみると、いろんな面で間違いがありましたので、六回ぐらい修正申告をしました。」(第六回工判速記六丁)

右の被告人の供述からすると、右2の被告人の大蔵事務官に対する質問てん末書の取調には一銭の誤りもない、ということで先ず修正申告を作成し、被告人に署名捺印させたが、被告人が会社を設立するため、必要な書類を見せてもらったら、取調の内容には間違ったところが明かとなったので六回も修正申告を作成したのである。

(ロ) 会社設立のために必要な書類を見せてもらっただけで申告を六回も修正しなければならなかった、ということは、大蔵事務官が取引書類を十分精査検討し、被告人の真意を糺しての取調でなかったからである。会社設立のために必要な書類を見せてもらっただけでもこのように申告の修正をしなければならなかったのである。もしより一層正確に調査したなれば、最終の修正申告もその誤りが数多く発見されたであろう。

(ハ) 本件取引関係書類中裁判所へ証拠として提出されただけでもその数はおびただしいものがある。

弁護人がその疑義をもったのは、検察官証拠請求番号154(押収番地六七)箱入計算書ということであった。これは検察官が原審第七回公判において被告人に対し箱入計算書ということを言われたからである。(第七回速記九丁以下)もとより弁護人には箱入計算書というものを知るよしもなかった。そこで弁護人が被告人と共にその箱入計算書を調査したところ査察官調査書(以下調査書という)に誤りのあることが発見され、原審証人長田事務官はその誤りを訂正されたのである。(第八回および第一〇回公判における長田証言参照)

(ニ) 次に長田事務官は原審の第一〇回公判において、調査書二九九頁の加賀須野団地の売上げについて、一部重複して計算したため、調査書と二一八万二、一二〇円の違いのあることを訂正証言した。これらの誤りの原因は大蔵事務官の被告人に対する取調べの杜撰によるもので、その杜撰さが査察官調書および検察官作成の供述調書に影響したものである。しかしその根本は裁判所へ証拠として提出された取引関係書類を十分精査、検討しなかったことである。裁判所におかれては職権発動により証拠書類を十分検討して真実を発見して頂きたいのである。

一 原判決は昭和四八年分の実際所得金額は三、五九五万五、四五四円で………認定しているが、そのうち金七九六万九、二〇〇円は被告人が転売収入として取得していないのに、その金額を取得していると認定した誤りがある。以下その誤りを明かにする。

(1) 転売収入については、調査書二八三頁記載の所得金額調査表の損益計算書欄の転売収入七九六万九、二〇〇円は多分最後の申告書即ち六回目の修正申告書に新らしく設けられたものと思われる。(このことは被告人が原審に提出した上申書添付第三表の長田事務官作成の所得金額調査表にはその科目がなかったのである。)この転売収入が果して転売により収益があっさから設けられたものか、それとも架空のものであるかについて検討する。

(2) 先ずなぜ六回目の修正申告について、このような科目を設けなければならなくなったかについて、考えて見る。長田事務官は被告人と横山正とが買入れた大松バイパスの土地について、その代金四、三一九万九、九八二円、手数料五〇万円で取引が完了しているものということで右上申書添付第三表などの書類を作成していたのである。ところが被告人から右土地代金のうち手付金四〇〇万円と中金六〇〇万円の合計金一、〇〇〇万円だけを支払いし、残代金が未払であることを訴え、そのことが明かになったので、長田事務官もそのことを認めざるを得なくなったのである。

(3) いうまでもなく、貸借対照表とか損益計算書というものは、損益がバランスをたもつことによって成り立っているのである。大松バイパスの場合、大松バイパスの土地を取得することにより不動産という資産が増えるかわりに、その代金を支払うということにより他の資産である現金が減少することになって、バランスがたもたれ、それを基準として被告人の所得が出されるのである。ところがその代金が未払であるということになる、と不動産という資産が増えるかわりに、代金の未払という負債が増加することになるのである。この両者の間には所得を算出する基礎が大きく違ってくることはいうまでもない。

(4) 長田事務官は最初は不動産を取得し代金全額支払したものとして被告人の所得を算出していたのであるが、被告人の申出により大松バイパスの土地の未払金三、三一九万円余のあることを認めなければならななくなった。この額の未払金を認める、ということはそれまで認めていなかった負債を認めて所得を算出しなければならなくなる。それまで被告人の所得として認めていた額から、その負債額金三、三一九万円余を差引かなければならなくなりそれだけ所得額が少なくなる。その減少した所得額をなにかの方法でうめ合わさなければならなくなる。そこで一方においては転売収入の新設であり、他方では後に述べる雑費の削減である。そうしなければ損益計算書のバランスがとれなくなり、それまでの取調べが根本からぶちこわされてしまうのである。

(5) 転売収入は被告人が本当に転売により得た収入ではなく、被告人の所得が右に述べたような事情で減少することになったので長田事務官がその額を取り戻すため、被告人の妻の姉喜多筆子が安任第三団地で儲けたものを被告人が転売により儲けたものとして計上し、転売収入を新設したものである。

(イ) 長田証人の原審第三回公判調書速記三四丁に「この転売収入がありましたのは一番上欄に書いてあります。安任第三団地なんですけれどもこの向って左側に書いてありますのは、安任第三団地の共同計算による売上金額を各買主ごとに金額入金額等を書いてあります。それで転売したものにつきましては、三二〇ページの一番下にあります吉成寛一郎にいったん売りましてそれが先方の都合で被告が肩代りしたわけなんです。‥‥‥‥転売による利益金額欄の四八年九月一八日稲木幸子以下清水、新見と書いてありますね。この金額欄の四五六万三、三五〇円・二七四万三、九五〇円・一七六万七、〇〇〇円この金額が転売による売却金額で、それから左の合計金額の三六九万二、〇〇〇円というのが取得価額いわゆる原価になって計算しています………以下省略。

(ロ) 長田証人の原審第四回公判調書速記一二丁に「三一九ページ転売収入調査書とあって四八年分七九六万九、二〇〇円としてのっておりますね。これが喜多筆子という人のものであったというようなことを聞いておりませんか。」との問に対し、「私はそれはちよっと………」と答えております。

(ハ) 検察官請求証拠目録の上申書は被告人が長田事務官において下書きしたものを被告人の事務員妹尾紀子がそれをそのとおり書いたものであって、被告人はそれに押印したものである。

殊に最も重大なことは妹尾紀子が書いて、被告人が押印したのは昭和四九年九月四日頃であった。長田事務官は被告人に対しその月日を空白にするよう指示したので、月日を空白にして、長田事務官に右上申書を渡した。ところが検察官が証拠として右上申書を提出したので調べてみると空白にしてあった月のところに6、日のところに26と記載されていた。月日が後日記入されたことは四九年の字と6と26の字の大きさが異るところからみても明かである。被告人が長田事務官に月日を空白にした上申書を手渡したのは、原審に提出した上申書添付の第一表「お願い」の昭和四九年九月四日と同じ頃である。それを約三ケ月も遡らして月日を記入したものであって、被告人作成の上申書の月日を変造して転売収入を正当化せんとしたものである。

(ニ) 被告人に対する原審第七回公判速記七丁以下に「大松バイバスとして代金四、三一九万九、九八二円‥‥‥‥は最終的には直してくれた。それまでは転売所得は全然なかったのですが、それができました。今まで資産の部としてそれだけの額があったのが、未払金として認めた結果、それだけマイナスになったのでバランスをとるために今までなかった転売利益という項をもうけたと思う。私の家内の姉に喜多筆子という者がおるんですが、その者が取引をしてもうけていたものがあったので、そのもうけとして入れてバランスをとった訳です。」次に検察官の問に対し(同速記一二丁以下)「国税局の調査では、あなたが四七年に四千いくらかの経費をかけて大松バイパスを買ったが、売り上げには全然つかっていない土地なので、原価のところでは経費と見てくれているわけです‥‥‥‥(検察官は経費という言葉を使っているが、全く誤りである。土地を買えばそれだけ資産が増加し、他方それが未払金であれば、これだけ負債が増加する。)更に検察官の問に対し、(右の一三丁裏以下)「吉成さん(第三公判速記長田証人三四丁裏二行吉成寛一郎のことであろう。)は契約をしただけで代金は払っておりません。喜多さんが金を払いました。喜多さんが吉成さんの名前を使って契約したわけです。

喜多さんは最初から吉成さんの名前を使った。この土地は最終的には、福野、清水、新見の三人に転売したか、はっきり記憶にない。検察官請求証拠目録番号100(押収番号61)の物件帳中「安任第三」とある内の一番上の行「48、3、14壇登美男」とある欄を示す(同速記一六丁)。ここに記載がありますので取引きはあったんだろうと思うんですが‥‥‥‥これも喜多さんが壇さんの名前を借りて契約したように思います。私は壇さんという人を知りません。実際手付金、残金を払ったのは壇さんと思う。」旨供述しているのである。

(6) 調査書について検討してみると、調査書二八三頁の貸借対照表欄の勘定科目の未払金中、昭和四七年一二月三一日現在額二、一六八万三、〇三八円は大松バイバスの代金が完済されたものとしていたときは四八三万三、〇四七円であった。(被告人原審に提出の上申書添付第三表参照)ところが右の代金が未払であることを認めたことにより右のとおり未払金が増加したのである。未払金が増たということはそれだけ負債が多くなったということである。

次に調査書三〇一頁昭和四七年分、分譲地売上原価調の当年末の繰越金は四、三六九万九、九八二円となっているが、そのうち昭和四七月九月九日に四〇〇万円、同年一〇月二〇日に六〇〇万円が夫々支払われたので残金三、三六九万九、九八二円となる。ところが被告人の分はその二分の一(横山正が二分の一)の持分であるから、一、六八四万九、九九二円となるのである。そうすると調査書二八三頁の未払金二、一六八万三、〇三八円は右の未払金とされていた四八三万三、〇四七円(被告人提出の上申書添付の第三表の昭和四七年一二月三一日の未払金欄参照)と右一、六八四万九、九九二円を合算した二、一六九万三、〇三九円にほぼひとしいものになるのである。

(7) 当初作成していた調査書(前有上申書添付第三表)の所得金額調査表の貸借対照表の未払金四八三万三、〇四七円はさきに述べた昭和四七年一二月三一日現在額二、一六八万三、〇三八円を大幅に変更したので一、六八四万九、九九一円の差額が生じた。この増加した差額を同頁の損益計算書においてどのようにバランスをたもつようにするかということになるのである。このバランスをたもつために転売収入の新設による積極財産の増加がその一つの方法であったのである。従って転売収入を新設したために調査書三一九頁の転売収入調査書が作成されたのである。

右に述べたところから明かなように転売収入は損益計算のバランスをたもつために被告人が転売によって得ていない収入を故らに取得した如く設けた全く架空のものである。この点原判決は事実の認定を誤ったものである。

三 原判決は昭和四八年分の実際所得金額から被告人が同年度に費った雑費金八〇〇万円余を控除すべきにかかわらず、この金額を控除しなかったのは事実誤認である。

調査書三二四頁各年別営業経費のうち科目雑費について簿外経費は

昭和四六年 五四七万五、二〇〇円

同 四七年 八四七万五、二〇〇円

同 四八年 四七万五、二〇〇円

となっているのである。右金額をみて非常に奇異に感ずることは、右三年間の下の数字がいずれも四七万五、二〇〇円となっていることである。

四六年はこの下の数字の四七万五、二〇〇万円五〇〇万円を、四七年は八〇〇万円を加えたことである。ところが四八年は四七年にされた取引のあと始末である宅地造成、地元部落神社、仏閣等に対する寄付など多くその額は昭和四七年を越えるものがあった。ところがなぜそれを右のように少額にしたのか、これはさきに述べたように大松バイパスの未払金一、六八四万九、九九一円とのバランスをとるために転売収入を新設して七九六万九、二〇〇円を計上したが、その余の八〇〇万円余は当然簿外経費として計上すべきであったのに、これを削減して損益を調整したものである。

要するに経験則上当然認めなければならない雑費の経費を故らに削減したものであるから八〇〇万円を経費として認定しなければならないのにこの額を認めなかったのは事実認定を誤ったものである。

ここに参考までに交際費についてみるに調査書三二四頁には

昭和四六年 二四五万八、二八五円

同 四七年 三〇七万六、七〇七円

同 四八年 三一三万八、四四一円

となっていることが明かである。このように交際費については昭和四八年が一番多額である。

なお、長田証人は原審第一四回公判(一六丁以下)において、右の簿外経費の削減を合理化するために調査額として

昭和四六年 一、九九八万〇、六二五円

同 四七年 二、七八五万三、七五八円

同 四八年 四、三七九万九、九九三円

となって昭和四八年が非常に多額であると、説明したのであるが、昭和四八年は右の金額のうち二、七五八万三、四三一円が利息であるから長田証人の説明はなんら合理性がない。

四 原判決は、昭和四七年分の実際所得金額は八、一七五万三、四八九円昭和四八年分のそれは金三、五九五万四五四円と認定しているが昭和四七年分の額から昭和四六年度の事業税金一六五万五、二五〇円を昭和四八年分の額から昭和四七年度の事業税金三五六万円を経費として控除すべきであるのに、これを控除しなかったのは明かに違法である。被告人は事業税として昭和四七年度に一六五万五、二五〇円、四八年度に三五六万円を夫々納付した。前者は四六年分のもので、後者は四七年分のものである。

事業税は経費として控除すべきである。ところが本件の場合控除していないのである。長田証人は原審第八回公判において事業税を控除しなかった理由として通常納付なり、確定したときに控除する。本件のような脱税のときは確定していないから控除しなかった旨証言した。

それでは確定とはいつの時点をもって確定するのかについて考えてみると

(イ) 地方税法第七二条の五十、同条五十五、同条五十五の二等は事業税を課する場合

「道府県知事は‥‥‥‥当該個人が税務官署に申告し、若しくは修正申告し‥‥‥‥事業税を課するものとする。」と規定しているのである。この規定からみると申告し若しくは修正申告したとき事業税を課するのである。そうすると被告人が修正申告したときに課税の基準が決定するのであるから、昭和四七年度の事業税は昭和四八年度にその額を経費として、昭和四八年度のそれは昭和四九年度にその額を経費として当然控除せられるべきである。

なお、長田証人は原審第一四回公判(二五丁)において法人の場合に脱税のときでも前年度の事業税は控除する旨証言しているのである。法人と個人の場合とをなぜそのように差別するのか、憲法は法のもとの平等を宣言しているのに、右の差別はむしろ憲法違反ではないかと思うのである。原判決は法人と個人とでは徴収方法の差から納税義務の確定する時期を異にし、その確定時期に応じてその年度分の経費として控除される‥‥‥‥と判示しているが、その差別すること自体なんの合理性もない。全く法のもとの平等を宣言に反するものである。

(ロ) 仮に税法上脱税の場合事業税を経費として控除しないとしても、刑事犯の場合は事実の確定は少なくとも起訴のときと解すべきであるから、既に被告人が後に述べるように事業税を納付しているので当然控除すべきものと信ずる。

五 原判決は坪平昭男に対する取引を昭和四七年分の実際所得金額に含めているが、被告人が坪平昭男から代金の半額以上の金八七万四、五四五円を受取ったのは、昭和四八年一月二六日であるからその所得は昭和四八年分とすべきであるのに昭和四七年分として認定したのは事実誤認である。

(イ) 被告人は昭和四七年四月一六日坪平昭男に対し、土地を代金一五二万四、五四五円にて売買し、同日手付金一五万円を受取り、同年一二月一三日坪平のため所有権移転登記を済ませ、同月一六日代金の内金五〇万円を受取り、最後に昭和四八年一月二六日残金八七万四五四五円を受領して完了したのである。

(ロ) 原判は右の取引を昭和四七年にされたものとして、同年の課税の対象とした。その理由として昭和四七年一二月一三日に登記がなされているからであるという。

(ハ) 被告人は坪平の要請により右の日に登記をしたが、残金が取引額の半分以上未払になっていたので、その登記の日に取引が完了したなどとは毛頭考えていなかった。残金八七万四、五四五円が支払われた昭和四八年一月二六日をもって取引の完了と考えていたのである。また坪平も同じ考えであったものと思われる。

長田証人は右の点について、結局は裁判所の判断に委ねるべきである旨原審において証言した。弁護人も同じ考えであるが、本件の場合は当事者の意思から考えて残金の支払われた昭和四八年一月二六日に取引が完了したものとみるべきものと信ずる。

六 被告人が控訴の理由として明確にその誤りを指摘できるのは、右に述べたところであるが、さきにも述べたとおり、検察官が一審で提出した各証拠を精査検討するなれば、より多くの事実誤認が発見できるものと思う。

昭和五三年七月二一日

弁護人 小川秀一

高松高等裁判所御中

○控訴趣旨補充書

被告人 竹内操

右の者に対する所得税法違反控訴被告事件について、控訴の趣意を補充するため、昭和四七年および昭和四八年の各年度において、原判決認定の実際所得金額から控除し、また加算すべき金額を別紙のとおり明確にする。

昭和五四年一月一七日

弁護人 小川秀一

高松高等裁判所御中

昭和四七年度

判決表示の実際所得金額より減算すべき金額

科目 減ずべき金額

坪平照男に対する売買利益なし 八七四、五四五 控訴趣意書五、(イ)―(ハ)記載のとおり

昭和四六年度の事業税 一、六五五、二五〇 同趣意書四、記載のとおり

合計 二、五二九、七九五

判決表示の昭和四七年度分実際所得金額八、一七五万三、四八九円より右二五二万九、七九五円を減算すると金七、九二二万三、六九四円となる。この金七、九二二万三、六九四円が被告人竹内の昭和四七年度の実際所得金額である。

昭和四八年度

判決表示の実際所得金額に対し加減すべき金額

〈省略〉

判決表示の昭和四八年度実際所得金額金三、五九五万五、四五四円に金八七万四、五四五円を加算し、その合計金より金一、九五二万九、二〇〇円を控除すると金一、七三〇万〇、七九九円となる。この金一、七三〇万〇、七九九円が被告人竹内の昭和四八年度の実際所得金額である。

○ 検察官の控訴の趣意に対する意見書

被告人 竹内操

右の者に対する所得税法違反控訴事件について、被告人は検察官の控訴の趣意に対し、次のとおり意見を申述べます。

一、 本件は昭和四六年、四七年、四八年の各年の事実関係は極めて複雑で、真実を把握することは至難なことであります。控訴人竹内操がその控訴趣意中に述べましたとおり多くの証拠物を精査することは容易なことではありません。しかし真実を発見するためにはその証拠物を一つ一つ調べなければならないと思います。

二、 被告人が記憶を辿り原判決が証拠とした大蔵事務官の査察官調書を検当しましたところ、昭和四六年および昭和四七年の各年度に原判決が実際所得金額として認定した金額には誤りがありその認定金額に加算し、またはそれから控除すべき金額のうち判明したものは別紙のとおりであります。別紙の金額はただその一例を示したものに過ぎません。その他昭和四七年度の所得額から米津第一団地、藍住中央団地、加賀須野団地、沖島団地等の売上原価を修正して控除しなければならないものを合算しますると二二〇万円位あります。その反面昭和四八年度に加算すべき額が九〇万円位あります。

三、 所得税額は所得額の増加により著しく累進増額するものであります。本件の場合被告人竹内の所得額は昭和四七年度分が極めて高額であります。従って前記の誤った額を昭和四七年度から控除しますと、被告人に対する昭和四七年度の課税額は大きく減少するのであります。

昭和五四年一月一七日

弁護人 小川秀一

高松高等裁判所 御中

〈省略〉

〈省略〉

○昭和五三年(う)第一六九号

弁護人の控訴趣意補充書に対する意見

被告人 竹内操

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五四年一月一七日付で弁誤人提出の控訴趣意補充書について次のとおり意見を述べる。

昭和五四年二月二七日

高松高等検察庁

検察官検事 中村信仁

高松高等裁判所第三部 殿

一、 昭和四七年分

(一) 「坪平照男に対する売買利益なし」として「八七四、五四五」を控除すべしとの主張について

所得税法三六条(収入金額)は「その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額とする。」と規定している。

通常、不動産取引は〈1〉契約の締結により効力発生〈2〉中間金の支払〈3〉登記〈4〉残金の支払と進行する。

本件の取引をみると、〈1〉昭和四七、四、一六契約、〈2〉同日手付金一五万円の受領、〈3〉昭和四七、一二、一三所有権の移転登記、〈4〉昭和四七、一二、一六中間金五〇万円の受領、〈5〉昭和四八、一、一六残金八七四、五四五円の受領であり、取引の実態からみて〈4〉の中間金受領の時点で引渡のあったものと判断すべきである。

したがって、この点に関する弁護人の主張は失当である。

(二) 昭和四六年度分の事業税「一、六五五、二五〇」を控除すべしとの主張について

所得税法三七条(必要経費)は「(前略)総収入金額を得るため直接に要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用(償却費以外の費用でその年において債務の確定しないものを除く。)の額とする。」と規定している。

ところで、弁護人の主張する事業税は、今回の査察調査に基づく増加所得に対する事業税であり、昭和四七年分の所得税の納期限である昭和四八、三、一五には債務が確定していないから、所得税法三七条に基づき控除することはできない。

同旨判例(昭和三九、二、二九札幌高裁多田正実に対する所得税法違反事件、同三七、一一、二七福岡地裁斉藤茂助に対する所得税法違反事件)参照。

なお、弁護人の主張する法人と個人との取扱の相違については、原判決の判示するとおりで、徴収方法の差から納税義務の確定する時期が異るのであるから、その主張は理由がない。

したがって弁護人の右主張は失当といわねばならない。

二、 昭和四八年分

(一) 坪平照男に対する売買利益「八七四、五四五」を加算すべしとの主張について

一、(一)の昭和四七年分で記載のとおり失当である。

なお、弁護人が売買利益というのは収入金額の誤りと思われる。

(二) 転売収入「七、九六九、二〇〇」を控除すべしとの主張について

右の転売収入が存したことは証拠上特に証拠物の記載により明白であり、原判決の認定に何ら誤りはない。

なお、弁護人は、転売収入が被告人の妻の姉喜多筆子に帰属するものと主張するが、昭和四九年三月一九日付北島不動産事務所押証五号、八号の取引ノートに当時の出納記録の記載があり、売却代金を預金している事実からみて。被告人に帰属することは明らかである。

したがって、弁護人の右主張は失当である。

(三) 雑費(八、〇〇〇、〇〇〇」を控除すべしとの主張について

必要経費については、被告人から十分に聴取し、証拠等を検討し、被告人の供述に信用性があると認められたものについて簿外経費とした。

昭和四八年分の営業経費が過少である旨主張するが、同年は青色申告を行い、経費の記帖がより正確になされていたため減少したものである。

昭和四六年分、同四七年分の簿外経費は、土地等の造成原価に入れるべきものの簿外費用も含めたもので、昭和四八年分は記貼が正確に行われたため造成原価として計上されたためである。

(四) 昭和四七年分事業税「三、五六〇、〇〇〇」を控除すべしとの主張について

一、(二)の昭和四七年分で記載したとおりである。

○ 弁護人の控訴趣意補充書に対する検察官意見

一、 昭和四六年分

小松松原団地柴田健児に対する売上について

査察官調査書三八六頁の前受金調斉藤力三郎外一名七、二〇三、六〇〇円は

昭和四五年一〇月一三日受領 四、二〇九、〇〇〇円

(斉藤力三郎)

昭和四六年一一月 四日受領 二、九九四、六〇〇円

(柴田健児)

であり、それぞれ受領しているものであるが、土地売買物件に問題があって、引渡しが遅れていたもので、昭和四六年分、四七年分、四八年分のいずれの年分においても売上として計上していない。このことは昭和四八年末の棚卸土地に小松松原の棚卸土地六、三二一、二一〇円があることからも明らかである。

二、 昭和四七年分

1 小松松原団地柴田健児の売上げについて

一、で述べたとおりである。

2 保証料二八〇、〇〇〇円の減額について

昭和四七年一一月二八日河野虎雄に対する支払五六〇、〇〇〇円は、当局の調査においては、保存登記費用と考え、乙瀬団地の棚卸土地として計算しているもので、抵当権の設定費であるかどうかは問題である。

3 雑損失七五〇、〇〇〇円の帰属年分について

購入土地の解約損害金は手付金の支払日でなく解約したことにより没収が確定した昭和四八年分の所得から控除すべきものである。

なお、没収の確定は別添本地武、矢野幸一の上申書でも明らかなように昭和四八年分である。

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